こんにちは、りすこです。
わたしが体験した「親を送る」をテーマにお話ししたいと思います。
これは重く悲しい話ではなく、いつものように好奇心旺盛な私が、日々起こったできごとを体験談として綴るものです。
今日はわたしが「親の介護をしない」選択をした経緯と理由をお話しします。
実母と同居するまでの経緯
わたしは結婚した時に両親と離れて生活を始めました。
父が72歳で他界した3年後、賃貸住宅でひとり暮らしをする母が不安を口にするようになりました。
母が76歳の時にわたしの家に呼び寄せて同居することにしました。
ガンの診断を前向きにとらえた母
母は89歳の時、通院していた病院の定期検診でガンと診断されました。
元々健康に自信があり、人付き合いも多く活発な人でした。
82歳の時に大腸にポリープが見つかり、大学病院で手術を受けました。
その後は定期的に検査に通い予後は良かったように見えました。
89歳の時に定期検査の結果について家族に話したいと病院から呼び出しがあり、大腸ガンと肺ガンに罹患していることがわかりました。
大腸、肺共に転移性はないものの進行性で、ステージ2Aとのことでした。
医者の言葉は「心の準備をするように」半年~2年の余命を告げていました。
母はそれほど悲観するわけではなく「先がわかったから準備できていい」と前向きにとらえていたようです。
その日から私は
「どうしたら母が満足いく人生だったと感じて最期を迎えられるか」
という想いを心に持ちながら生活することになりました。

最初にやったこと、どう過ごしたいかを話し合う
私は不安で押しつぶされそうだったので、本音で話し合うことにしました。
母は自分の元いた家ではなく、夫と私の所有する家に居候していた形でした。
なので、どうしても自宅で最期をということはありませんでした。
「最期は病院で迎えるのがいいと思う」と言ってくれた時は正直、ホッとしました。
家で過ごしたい=誰かが介護ということになります。
介護をすることで一番不安なこと
介護保険で訪問介護を受けるにしても、一番不安なのはトイレのことです。
自分で行けなくなったら、誰かが世話をすることになります。
私の家のトイレは2階に1つだけで、母の居室のある1階にはありません。
「娘なのに冷たい」と思われる方もいると思いますが、私に母の介護はできないと思いました。
母と「トイレに自力で行けなくなった時が施設に入所する時」という認識で一致しました。
家で介護をしない決断をする
私は高年齢で当時フルタイムで働いていたので、退職したら同じ条件で復活することは難しいと思います。
仕事を手放したくなかったし「家で介護する私」のイメージができませんでした。
同じように迷っている方がいましたら、自分の心の声に正直に向き合うことをおすすめします。
親と仲が良い、姉妹のような親子関係、親が大好きで親の在宅介護を選択する人も多いと思います。
私は母に甘えることのできない子どもでした。
母は私に対して厳しい人で、辛いことがあっても我慢する、自分で考えて解決するように育てられました。
そのせいか「親の介護をしない」選択を共感してくれました。
病院や知り合いから当たり前のように言われたこと
「いずれは娘さんが家で介護することになりますね」と言われました。
そんな時、私は
「仕事を続けるので、母の療養に協力しますが、在宅での介護はしない予定です」
とはっきりと意思を伝えていました。
結果的にそれが私の心を落ち着かせることになり、最後は良い状態で母を送ることができたと思っています。

最後まで読んでくださりありがとうございました!
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